南極条約と極地汚染 その2
この結果、南極の資源開発をめぐって、全面禁止派、推進派、蒔凍結派の3つに分かれました。
しかし、91年4月にマドリードで開かれた定期会合で、環境保護派の全面勝利に終わりました。
鉱物資源の開発を事実上50年以上禁止することや、「環境保護委員会」の設置などを盛り込んだ包括的環境保護の議定書案が合意されたのです。
日本も条件付きながらこの合意に支持を表明しました。
議定書案は、鉱物資源の開発を「禁止する」と明記、今後50年間に議定書を変更するには、「現在のすべての協議国(26ヶ国)の同意が必要」としました。
このため、今後半世紀はほぼ確実に開発をまぬがれ、それ以降も主要国が反対し続ける限り禁止が続く可能性が高くなりました。
南極をめぐる議論は、世界的な環境保護の流れを強く反映した内容となりました。
一方、南極条約の方も自動的に延長されて、30年間にわたる南極開発の議論に一応終止符が打たれました。
南極では、すでに深刻な環境破壊が始まっています。
18ヶ国で100を超える基地が南極各地にできています。
南極半島の先端に位置するアルゼンチンのエスペランサ基地は、家族で住み込んで多くの「南極べイビー」が生まれていることで有名です。
基地といっても、病院から学校、教会、銀行放送局まで、20数棟が海岸きわに並ぶ「町」です。
ここから出るゴミも膨大です。
可燃ゴミは焼却されますが、不燃ゴミはすべて海に捨てられます。
基地の裏手のゴミの山は、ペンギンの集団営巣地の中にあるのです。
海にもワインのビンやプフスチック袋が漂い、油が浮かんで色が変わっています。
« 南極条約と極地汚染 | メイン | 世界の宇宙開発 »